総研コラムでは、わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所)(WMSC)の研究員らが「企業で働く個人のユニークネスと組織のオリジナリティを最大限に発揮する」ためのヒントとなるような知見や情報を提供します。
執筆者: 松下 信武
アイデンティティー・パートナーズ株式会社 わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所) 上席研究員/コーチ
【 目 次 】
一軍と二軍では投手は戦い方が違う
私は、エグゼクティブ・コーチとスポーツのメンタルコーチの仕事をしています。アスリートが素晴らしいプレーをして勝利することと、ビジネスですばらしい仕事をして成果を出すことには心理的な共通点が数多くあります。
最近、プロ野球の選手のAさんのコーチングをしていて、心理的な新たな共通点を見つけることができました。Aさんは次のように話してくれました。
「二軍の試合で投げるときと、一軍の試合で投げるときは、投手の目標は違います。二軍ではゼロ点で抑えることが目標になります。毎試合、ゼロ点に抑え続けているうちに、一軍昇格のチャンスがつかめます。誤解を恐れずにいえば、二軍ではチームが負けても、自分がゼロ点に抑えればいいのです。点を取られたら一軍昇格は遠のきます。それに対して、一軍では勝つことが目標になります。点を取られても、勝つことができればいいのです。
例えば、9回ツーアウトで、4対2でリードしているとき、相手チームが1塁と2塁に走者を出し、リリーフで登板を命じられたとします。ホームランを打たれたら逆転されますから、ホームランを打たれないことを最優先にします。1点とられても、ワンアウトをとれば勝ちです。ゼロ点で抑えることにこだわらず、勝てる投球をすることに集中します」
私は学生時代に剣道をしていましたので、Aさんの話を聴き、薩摩藩の示現流の教えを思い出しました。まさしく、プロ野球の一軍の公式戦は「肉を切らせて骨を切る。骨を切らせて命とる」という壮絶な戦いの場であることを知りました。
プレーヤーと管理職の違い
Aさんの話をビジネス現場にあてはめると、二軍での戦い方はプレーヤーの仕事のやり方に、一軍での戦い方は管理職の仕事のやり方に該当すると思います。
プレーヤとして仕事をする場合、与えられた目標を達成することだけに集中すればよく、評価も担当業務をどれだけよくやったかによって決まります。私自身もプレーヤーとして仕事をしていたときは、指示された仕事、自分からやると提案した仕事をきちんとやり遂げることだけを考えていました。会社がどうなるのかなどは頭の片隅にもありませんでした。
しかし管理職となると、自分の職責を果たすだけでは不十分で、会社が良くなること、市場競争で勝つことを考える必要があります。営業の仕事でいえば、会社の長期的な発展を考えたとき、受注してはいけない仕事もあります。
私はかつてB社の取締役をしていました。当時、心理検査販売とそれを使った人材教育が主なビジネスでした。ある企業から、あなたのところで販売している検査をメンタルの病気の診断に使いたいという申し出がありました。その検査では、うつ病の人は数値が低くでる傾向がありましたので、お客様はそこに目をつけられたのだと思います。
しかし、その検査はメンタルの病気を診断することを目的に作られたものではありません。心理検査を販売する企業として、検査目的とは外れた使い方で販売することは企業倫理として許されないことだと判断をして、お客様のお申し出をお断りしました。当時B社は、今でいうスタートアップ企業で、喉から手が出るほど売り上げがほしかったのですが、ビジネス倫理に反した行為をすれば、野球でいえば、逆転のホームランを打たれるようなものです。
最近、不祥事を起こした企業が信用を失墜し、窮地に陥っています。まるで逆転ホームランを打たれた野球チームのようです。おそらくそのような企業の管理職は、自分の仕事さえきちんとやっておけばよいと一所懸命、プレーヤーとして仕事をされていたのではないでしょうか?
企業が勝つために管理職は何をすべきなのか?
今日の日本企業では、管理職の多くは(もしかしたら全員が?)プレーイング・マネジャーです。プレーヤーとしての業務をきちんと行う(二軍でゼロ点に抑える戦い方をする)一方で、企業競争に勝つ(一軍での戦い方をする)ように組織を引っ張っていかねばなりません。
そのために管理職は、企業競争に勝つ方法を絶えず考えなければなりませんし、その方法を実践して、効果的な方法かどうかを試す必要があります。
私はC社では、執行役員として研究所長の職責を担っていました。C社はライバル企業との競争に打ち勝つために、サービスの差別化を実現できる商品を開発することに集中しました。そこで、私は研究員が創造的な研究に打ち込める組織風土を醸成するため、今でいう心理的安全性を重視したマネジメントを心掛けました。研究所長をしているときは、研究者としての仕事をストップしていましたので、研究論文を書くことはできませんでした。プレーヤーとしての最も重要な業務を封印していたのです。
現在、管理職の激務で奮闘されている方々へのメッセージですが、まずは目先の仕事を手早く片付けましょう。そして、企業競争に勝って長期的に繫栄するために何をすべきかを考え、それを実践する行動をとっていただきたいと願っています。
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▼この記事を書いた人
松下 信武(まつした のぶたけ)
〈プロフィール〉
アイデンティティー・パートナーズ株式会社 わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所) 上席研究員/コーチ
日本のエグゼクティブ・コーチングの創生期から、エグゼクティブ・コーチとして活躍。現在も、月平均10名以上のエグゼクティブ・コーチングを行っている。
心理学の視点に立ち、様々な企業の人材育成のアドバイスや心理アセスメント作成をしている。
スポーツメンタルコーチとして、日本電産サンキョー ㈱ のスケート部のメンタルコーチとして、3回冬季オリンピックに参加。丸亀城西高校硬式野球部甲子園大会出場等多数の実績を持つ。