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対話力を支えるもの ~「大きな言葉」の定義について~


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対話という選択肢があったなら



ウクライナの悲惨な戦争が連日、さまざまなメディアを通して伝えられます。その映像を観て、1日も早く平和になってほしいと願っています。そして、戦争よりも対話のほうが、はるかに望ましいことだと、私は実感しています。


戦車やミサイルで攻撃するのではなく、プーチン大統領が、対話という選択肢を選んでくれていたら、何百万という人達の人生を破壊せずに済んだでしょう。




「共有する」は「同じ意見を持つ」ではない


ビジネスの現場でも同じです。ビジネス現場では、考え方も価値観も違う、さまざまな人が働いています。

考え方や価値観が違えば、意見の対立や人間関係の葛藤が生まれます。意見が違うからといって喧嘩をしていたら、仕事を進めることもできませんし、チームワークも壊れます。喧嘩よりも対話のほうが建設的です。


対話をしても、意見が一致することは稀でしょう。対話を含め、コミュニケーション全般で、情報を共有することや問題を共有することが大事だとされています。これまでの対話の研究からいえることは、「共有する」=「同じ意見を持つ」ではないということです。


「共有」は違う意見を理解すること


人間は、同じ情報に接しても、同じ意見を持つことはないと、私は考えています。

たとえば、ウクライナからの映像を観て、ある人はロシア寄りの、ある人はウクライナ寄りの観方をするでしょう。観方が違っても、相手の違う意見を理解することが「共有すること」だと、私は考えています。

対話は説得でもなく、交渉でもありません。深いレベルでの相互理解のためのコミュニケーション方法の一つです。


「相互理解して、そのあと、どうするのか?」と疑問が生まれます。対話のあと、説得や交渉というコミュニケーション方法がとられます。しかし、問題解決が難しいケースだと、説得や交渉も難航します。そのうちタイムリミットが到来します。

そうなったときは、国と国とのコミュニケーションと違い、ビジネスにはとても便利な仕組みがあります。社内の問題であれば、上司が意思決定をすればよく、社外の問題であれば、顧客の安全を担保したうえで、顧客が意思決定をすればよいのです。


十分な対話をしない、すなわち、相互理解が不足したまま意思決定してしまうと、しこりが残り、後日、大きな問題に発展するリスクが残ります。対話によって、お互いの意見の違いを理解しておけば、しこりが残るリスクはかなり減ります。



相手の話す言葉を理解しているか



対話をすれば、必ず相互理解ができるかといえば、そう簡単に相互理解ができないというのが、対話研究から見えてきます。

対話をし、相手の考え方や価値観を理解しようとすれば、相手の言葉を理解できることが前提条件になります。相手の言葉を理解するためには、言葉の定義を明確にする必要があります


私は仕事上、さまざまな企業での会議に出席しますが、言葉の定義が不明確なまま、つまり、相手の話す言葉を理解しないまま、話し合いがおこなわれる場にしばしば居合わせます。そういう状態で対話をしても、対話は上滑りに終わります。



理解してもらえる言葉で話しているか

会議で、ある人が「グローバルに行っているアジャイルなディープテックのオープンイノベーションについて提案したい」と言ったとします。

実は、この発言内容は、ある優秀な論文の一節を少し変えたものです。論文であれば、このような表現でもオーケーです。なぜならば、論文を読もうとするのは、その道の専門家が多く、使われている用語を理解しているはずだからです。また読者が理解できないときでも、難解な言葉を専門書やインターネットで調べることができます。


しかし、会議で上記のような発言があれば、多くの出席者は理解が難しいと思います。悪いことに、そのような発言に対して、「ディープテックにアジャイルはないんじゃないの」などと言い出す人(私の個人的な偏見ですが、知ったかぶりをしている人が多いと思っています)が現れると、会議は絶望的な状況に陥ります。


理解できない人は、本来であれば、「アジャイルって何ですか?」と質問すればよいのですが、社長や上位上司のいる席でそのような質問をすると、勉強不足と思われることがこわくて、わかったふりをすることになります。または、会議の進行を妨げてはいけないと思って、沈黙を決めこみます。



「大きな言葉」を使うときの配慮



アジャイルやディープテックのような、さまざまなコンセプトから成り立っている言葉を「大きな言葉」と私は呼んでいます。大きな言葉を話すとき、その言葉をわかりやすく定義してから話すことは、対話のマナーの一つです。

ビジネスの対話において、大きな言葉を連発することで、自分の専門知識や知性の高さを示そうとする多数のビジネスパーソンに出会ってきました。そういう人に対しては、恥ずかしがらず、積極的に質問をしたほうがよいと思います。


また、「ディープテック」という言葉を知っていても、相互の理解を深めるために、「ディープテックというのは、商業化までに、長期にわたる研究開発と多額の資金を必要とする、しかも注目を浴びにくい技術のことを理解しています。まずその理解でよろしいですか。もしその理解が正しいとすれば、ディープテックの研究開発と基礎研究との違いは何ですか?」という確認と新たな質問をすることで、ディープテックの理解が深まるでしょう。



対話で「仲間内言葉」は使わない


定義の問題から少し離れますが、言葉のわかりにくさという点で、「仲間内言葉」というのがあります。特定の仲間にしか通用しない言葉です。

世間でよく知られているものとして「符牒」(その仲間だけに通じる合言葉)があります。寿司屋などで今も使われている「ムラサキ」や「オアイソ」が代表例です。


私は学生時代、日本橋三越でアルバイトをしたことがあります。そのとき、お客様の前で「トイレに行く」という言葉を使わず、「遠方に行く」という言葉を使うように指導されました。

現代の日本企業で、符牒のような言葉は使われなくなっていると思いますが、そのかわり、やたらとアルファベットによる略号が増えました。CEO、CHRO、CROなどの役職の略号は、世間でもよく知られるようになり、「仲間内言葉」ではありませんが、組織名の略号は、その会社でしか使われない言葉が多いです。また、ある特定の部署でしか使われない言葉もあります。


対話の場では「仲間内言葉」を使わない習慣を身につけていただきたいです。相手が仲間内であれば理解できますが、常に相手が仲間内とは限りません。日ごろから「仲間内言葉」を使わない習慣を身につけておかないでうっかり「仲間内言葉」を使ってしまうと、対話の効果が減少するリスクに直面することになります。


河合隼雄先生の話し方


私は聴講生として、河合隼雄先生の講義を一年間、聴く幸運に恵まれました。今、その講義を振り返ったとき、河合先生は、「大きな言葉」を実にわかりやすい言葉で説明されていました。

卓越した対話者であった河合隼雄先生は、定義の大切さを体現されていたと思います。また、臨床心理学の専門用語を使用するときも、その言葉の由来や具体的な事例をあげて、わかりやすく話されました。

たとえば、臨床心理学の「臨床」という言葉を、「『床』とはベッドのこと。人間にとってベッドは重要な場です。誕生の場、セックスの場、そして死ぬときの場は、たいていはベッドですね。したがってベッドに臨むことは、人間にとって重大なことなのです」と説明されたことを、今でも鮮明に覚えています。


▼この記事を書いた人

​松下 信武(まつした のぶたけ)


〈プロフィール〉

アイデンティティー・パートナーズ株式会社 わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所) 上席研究員/コーチ


日本のエグゼクティブ・コーチングの創生期から、エグゼクティブ・コーチとして活躍。現在も、月平均10名以上のエグゼクティブ・コーチングを行っている。

心理学の視点に立ち、様々な企業の人材育成のアドバイスや心理アセスメント作成をしている。

スポーツメンタルコーチとして、日本電産サンキョー ㈱ のスケート部のメンタルコーチとして、3回冬季オリンピックに参加。丸亀城西高校硬式野球部甲子園大会出場等多数の実績を持つ。


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